近づくだけですでに目標は達成されている

大阪北斎場

一嘘も方便」の一…方便」は↑じつはこんな意味「方便」ということばは、
わたしたちのあいだでは、
あまりよい意味に使われないことが多い。

「嘘も方便」といった具合に、
「便宜的な手段」ないしは「その場しのぎの計略」の意味に使われている。

しかし、
「方便」とは、
本来は仏教思想から出てきたことばである。

その証拠に、
辞書にはこう書いてある。

1仏が衆生をおしえみちびく手段2真実の教えにみちびくための、
仮の方法3便宜的手段。

「嘘も方便」つまり、
これを見るとわかるように、
わたしたちは、
もっぱら3の意味だけにかぎって「方便」を使っていることになる。

じつは、
仏教本来の意味性1であり々2なのだ〕それには次のような話がある雲一りよ』っ南朝梁初代王の武帝(四六四’五四九)といえば、
当時の中国で巌高の教養人であった。

仏教ばんにやきようねはんぎようを保誰し、
承ずからも『般若経』『浬梁経』の講義をするほどの学識があった。

だるまその武帝が、
禅宗の始祖である達磨(?’五二八?)に問うた。

ちん「朕はこれまで、
多くの寺院を造り、
経巻を写し、
梱尼たちを援助してきた。

ブッダ2

これらの行為には、
いかなる功徳があるか……」「無功徳」冷然と達磨は答えた。

その答えは帝の予期せぬものであったので、
あわてて別の質問をした。

いかん「如何か、
これ聖諦第一義」(最高の真理とは何か?)かくねんむしよう「廓然無聖」(あけつぴろげでがらんとしていて、
簸高も糞もあるものか)た「しからぱ問う。

朕に対する者は誰ぞ」(おまえはいったい何者だ?)ふしき「不識」(知らんね)とりつく島もない。

武帝は問答をあきらめ、
達磨はさっさと座を立って去った….:。

話というのはこれだけである。

歴史家は、
つくり話だというが、
その真偽はともかくとして、
ここでは一つの公案としてとらえておく。

公案というのは、
禅の師が弟子に与える試験問題で、
正解がない。

だから、
各自がそれぞれ考えるよりほかないわけだが、
わたしの解釈はこうである。

武帝は、
多くの寺院を造ったことに執着していた。

それはあくまで結果でしかない。

仏教は結果ではなく、
その過程を重んじる教えである。

そっけない返事をする達磨には、
結果に執着する武帝がばからしかったのだ。

もう一つ「方便」に関するエピソードを紹介して、
読者にもこの公案を考えていただくことにしよう

1.近づこうとする歩みl

それが生きるということ大勢の旅人が隊を組んで砂漠の中を進んでいる。

砂漠の向こうに宝のありかがあるというので、
そこに向かって蕊んなが一歩一歩進んでいくI。

しかし、
砂漠はどこまでもつづき、
ふんな疲れ果てて先へ進むのがもういやになってきた。

「宝なんかいらないから帰りたい」と言う者も出てきた。

そのときに、
一行の指導者が神通力によって砂漠の中に幻の城を出現させて、
「あそこが宝。

ありかだ。

あそこまで行けばいいんだ」と言ってゑんなを励まし、
引っ張っていく。

涅槃像

そして、
幻の城の中で休憩をとり、
みんなの疲れが癒ると、
ほんとうの目的地はもっと先にあるんだ、
と言って再び出発する。

みんながまた疲れたら、
また幻の城を現出させて休ませ、
疲れが癒たら、
また出発させる。

かくて、
一行は一歩一歩、
目的の宝のありかに近づいて行った。

これと同じく、
仏はいろいろな手段によって、
われわれ衆生を導いてくださるのである。

われわれ凡夫には、
厳しい修行を独力でやりぬく力がない。

途中で、
ひと息いれる場所が必要でひるある。

最初から大きな目的を示されても、
かえってわれわれは怯んでしまう。

あと少しで達成できる、
というくらいの目標をいつも掲げ、
それを達成したら、
もう少し上の目標をもち、
また達成したら:::、
というようにして、
最終の目的に向かって進んでいく1.そのようにして、
はじめてわれわれは大きな距離を歩んでいけるわけであり、
そのようにしてしか歩めないのである。

「方便」ということばの語源は、
サンスクリット語の〃ウパーャ″で「近づく」という意味である。

だから方便という教えは、
近づくことが大事なんだ、
目的地に行くことよりも、
目標を目ざして歩む一歩一歩の歩翠が尊いんだ、
という教えなのである。

ほけきよう砂漠の一行の話は、
『法華経』という大乗仏教の経典に説かれているが、
これは『法華経』にかぎらず、
仏教全般を通して述べられている思想なのである。

鶴見斎場